西和彦さんの「反省記」を読んで色々びっくりした。自分が経験した多くの「パソコン文化」に、思った以上に西和彦が関わっていたらしい。
例えば工学社。パソコン雑誌の I/O を出していたところだけれど、ここも西和彦が立ち上げメンバーらしい。というか、最初に立ち上げた会社らしい。そしてここを郡司さん、塚本さんと、飛び出てアスキー出版をつくったらしい。 わたしは一応、「パソコン少年世代」と「マイコン少年世代」の中間くらいじゃないかと思っているのだけれど、コンピュータ関係の情報は ASCIIか I/Oから得ていた気がする(トラ技とかインタフェースとかはまだ理解できなかった)。
ASCIIとI/Oはちょっと違っていて、個人的であいまいな印象だけれど、ASCIIのほうが格好良かった。I/Oの方は理工学部的な?いま存在する技術でどう遊ぶか、みたいな感じで、一方、ASCIIはビジネス誌というか、コンピュータの将来を夢見たロマンチックでスリリングな感じがあったように思う。本にも書いてあるのだけど、「月刊ASCII」巻頭言で、西和彦は次のように書いたと言う。:
コンピュータが個人の手に届く商品となったら、それをどのように分類したらいいのでしょうか。電卓の延長ではないと考えます。家庭や日常生活の中に入ったコンピュータは、テレビやビデオ、ラジオのような、いわゆるメディアと呼ばれる、コミュニケーションの一手段になるのではないでしょうか。
西和彦 「反省記」 pp111-112
アランケイとどのくらい接触があったかわからないけれど、この時代にしてはなかなか先進的なコメントである気がするし、このあたりが、私が月刊ASCIIを格好いい、と思っていた原因な気もする。もう一つ格好いいと思っていた原因は、月刊ASCIIのビジュアルなんだけれど、あの特殊に大きい版(レターサイズ版?)や、ロゴなどの表紙のビジュアルなは、電通大出身の塚本さんによるものだという。これもびっくり。